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出会いと別れ 今の日本が失ったもの 

どうも、ボクです。

久しぶりに脳内会議室で語りますw


秋葉原での無差別殺傷事件には誰しもショックを受けたはずです。

その中で、犯した犯行には同意できないけれど、犯人が持っていた心の闇は同調できる人が多いようです。


でね?

テレビで特集をしていたけれど、人とのつながりや、親子関係、人への思いやりなど、昔は日本人のよいと思われていたものが今では希薄になっていると、そういうことらしいのです。

しかもそれは番組側の結論というより、20代から40代にかけてのアンケートによって、そういう意見が多数ありましたよ、という結論らしいのです。

人とのつながりや、親子関係、人への思いやりが必要なんじゃないか?

そういうことらしいのです。


そう感じている人たちがたくさんいる。

でも実際はそうならない。

確かに難しい。

言い換えると、今から理想に近づこうとしても簡単には戻れない文化や、社会になっているといったほうがいいのかもしれない。


3月4月は別れの季節、出会いの季節といいますよね?

そして以前、たくさんのドラマやお話での別れのシーンで「手紙出すからね」なんて言って別れる、そういう場面を見かけたような気がします。


いまのドラマやお話では考えられないシーンですよね。





コミュニケーションツールの発達と、地域関係の希薄さ。

この二つは別物だけど運悪く、同じ時代に進行していった。


「別れが人を強くする」


そんな言葉も今では白けた言葉、死語・・・というより古語?(^^;

そんな時代になってしまった。

昔なら人と別れると、それはもう下手をすると一生の別れ。

手紙を出すといってもそれぞれの地域での活動や、生活、仕事などがあったから、そんなに頻繁に出せなかった。

電話代だって高かった。

それでも新しい環境での人間関係で、「これなら自分もやっていける」ってみんな頑張れていたんじゃないですか?


でもいまは別れたとしてもケータイやメールで、しかも安価で地球の裏側にいてもいつでも連絡が取れる。

ましてや、ケータイでテレビ電話を使えば別れてそばにいないのに、姿を見ながら会話ができる。


だから新しい環境でも、新しい人間関係を築く必要がなくなった。

「寂しいよー」ってメールで言えばなんとかなるような気分になった。


また、時代の流れの中で「弱くてもいい」という風潮も増した。



そういう環境にまみれてる人って、本当の意味で、人との出会いと別れを経験しているんだろうか?


そう思うようになってきました。

もう、地域の人間関係や、自分を犠牲にして相手のために動ける人間性など、昔のように戻るのができないところまで、来てしまっているのかもしれない。

人とのつながりや、親子関係、人への思いやり、確かに理想の人間関係があるけれど、手遅れのところまで来てしまったのかもしれない。

そう思うようになってきた。

そんなことはない、そう言う人もいる。

もちろんまだ30代以上の人たちは、手遅れじゃない人が多いかもしれない。

でも今の20代、10代の子たちって、以前じゃ考えられないような理由で苦しんでるんですよ。
穏やかで外面(そとづら)では気付きにくいかもしれないけれど、かなり多数の子たちが喪黒さんでも心の闇を埋めきれない、そんな子だらけですよ。

彼らを本当に手遅れじゃないところまで手を引っ張って戻せるかどうか。

課題のような気がする、しかも期限が数年もないくらい急務の。




と、まぁ・・・

整理されてない文章で、ごめんちゃい。(笑)
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[2008/06/22] 脳内会議室 | TB(0) | CM(2)

お久しぶりです~。お元気ですか?
僕は、大戦はボチボチやってるんですが、仕事が忙しくて、なかなか記事を書く意欲がわきません(^^;

ところで、久々に鏡花さんのところを訪問したら、僕も常々感じていた点についての記事が載っていたので、コメントさせていただきます。
書き出すとあまりにも長くなりそうなので、簡潔に。

ITの爆発的な進歩で、PCや携帯の中の世界に対する個々人の意識・関心が高まるにつれて、相対的に自分のリアルな周囲に対する意識・関心が、希薄になってきている気がします。

最近、常軌を逸した自己中心的な犯罪が特に目に付くのは、全てではないにせよ、そうした「他者への意識・関心=人とのつながり・思いやり」が欠けてきていることに一因があるような気がします。

でも、別にITが悪いというつもりはありません。
便利な部分を活用しつつ、リアルな部分も上手くつきあっていければ、僕らの生活をさらに豊かにしてくれる素晴らしいものだと思います。

むしろ問題なのは、あまりにも急速にIT技術が進歩し、コミュニケーションのあり方が劇的に変化したせいで、人間側の進化、つまりIT革命後の人間関係・コミュニケーションにおいて、本来時間をかけて熟成していくべき正義だとか倫理観だとかが、追いついていないんじゃないかと。

掲示板に平然と殺人予告を書き込むような人が依然として存在しているのは、そんな倫理のエアポケットにおける闇の部分の現れのような気がします。

長々とスミマセン。。。
言いたいことを上手く書けていない気がしますが、同じような危機感を私も持っている、ということだけでも伝われば幸いです。
[2008/06/23 20:54] まちゃぴ [ 編集 ]

追いついてないって言うのは本当あるのかもしれないですね。

矛盾してるけど同時に鏡花はこうも思います。

もしかしたら、宗教などの歩い程度の文化に根付く規範のようなものがないから、迷っているのではないか。

とか、国民性とかそういう次元の問題であって、日本人ではいつまでも現在の文明についていけないような性質をもっているんじゃないか。

とか(^^;

まぁ、とはいっても実際には日本人よりも鬱病の人口(人口に対する比率?)が多い国もあるのだし、迷っているのは日本だけでなく、あらゆる先進国なのかもしれないですけどね。

[2008/06/27 20:16] 鏡花 [ 編集 ]

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